2008年5月30日金曜日
定期診断
当日の採血・胸部X-rayの結果を見て診察という定番コース。
白血球数は下がるも想定内の2770、画像は前回に引き続き明度を増す良い傾向、造影CTの頚部周辺の読影ではリンパ節肥大(A3センチ!結構大きい)が視られるが転移ではないという判断だ。
来週は腫瘍マーカーCEAを測定、このまま推移すればナベルビン続投の見込み。
本人は、下肢疲労感(随分続いている)、息切れいずれも軽度であるが、良い方向ではないことは確かだ。
療友study2007さんのブログ久しぶりにアップされたが、グレイが強まったとしかいえない。
(画像上は「ベエが行く」掛井 五郎作/札幌芸術の森・野外展示-5)
2008年5月24日土曜日
効く「予言」
昨年1月から入院した病院で同室になった年下の療友Tさんが突然逝ってしまった。
会社の健診でうまく見つかり、手術も成功して、放射線もしっかりあててフルコースの治療を受けたはずであった。
奥さんから連絡をいただき、息をのんだ。
ブログ仲間はこのところ不調らしい人が多い、更新が滞ることで判ってくる。直接見舞メール出来ない人もいる。
みんな少しでも可能性を探して生きてゆこう。
クラス会に集まる仲間少なくなってしまったと亡父がこぼしていたが、療友とくに同病の場合の影響は「楽天的」といわれるわたしでも「予言」という受け止めになってしまう。気持ちの切り替えって言葉ではいえるがケース次第だ。
(画像上は「うつろい」宮脇愛子作/札幌芸術の森・野外展示紹介-4)
2008年5月21日水曜日
サブ主治医診断+造影CT/ドリアン
20日、放射線を専門とするサブ主治医の診察、頚部のしこりは下にあるリンパ節の影響で炎症になっているが、転移ではないだろう(頚部造影CTはこの日の午後)、あまり心配しないほうがよいとの助言。
読影では原発の面積では半分以下へ縮小、播種の影も明るくなってる、あきらかに改善といえるものが見られた。
現用のナベルビンの次の候補にはタルセバ(分子標的薬)、イレッサ(これも分子標的薬)は無効であったが、トライするべき薬剤であるという判断、その次の薬剤名はペメトレキセド(アリムタ)。免疫療法もより具体的に検討(6月中旬頃)することにした。
そして午後は頚部と胸部の造影CT、造影剤の静脈ライン確保1回失敗、左の甲(イタイ!)のよく判る部位でなんとか確保して開始した。造影剤の副作用で嘔吐がごくまれにでることがあるので「絶食」であったが、何気に昼食を「とってしまって」いた、抗がん剤にも副作用感度が低いからとそのまま撮影、結果オーライで何もおこらず、すれた患者になってきたものだ。造影CTはこのい1年半で5回くらい撮っているが副作用の前科はなかったから心配していなかったこともある。
明日はナベルビン5コース2回目の点滴を入れる。
話はコロッと変わって、食べるのは年に1度かせいぜい2度の「珍味・ドリアン」の紹介です。
3日ほどベランダに吊るしておいた、追熟して表皮が褐色に変わったきたので開腹することにした。
外観(長径25cm位か)ーーー開腹中ーーー果肉(中心にうす茶色の扁平な種子がある)という順序、開腹の画像では鬼皮が薄いのを見て欲しい、果肉がしっかり入っている、今回は果肉量も味も「アタリ」であった、現地にはいくつもの品種があるらしい。
食感は、バナナ、アボカド、クリーム・チーズから想像してほしい、味は上品な甘さ、かおりは果実の例の香りを引きずっているが、これだけ出されればわからないのではないか、いい匂い。
読影では原発の面積では半分以下へ縮小、播種の影も明るくなってる、あきらかに改善といえるものが見られた。
現用のナベルビンの次の候補にはタルセバ(分子標的薬)、イレッサ(これも分子標的薬)は無効であったが、トライするべき薬剤であるという判断、その次の薬剤名はペメトレキセド(アリムタ)。免疫療法もより具体的に検討(6月中旬頃)することにした。
そして午後は頚部と胸部の造影CT、造影剤の静脈ライン確保1回失敗、左の甲(イタイ!)のよく判る部位でなんとか確保して開始した。造影剤の副作用で嘔吐がごくまれにでることがあるので「絶食」であったが、何気に昼食を「とってしまって」いた、抗がん剤にも副作用感度が低いからとそのまま撮影、結果オーライで何もおこらず、すれた患者になってきたものだ。造影CTはこのい1年半で5回くらい撮っているが副作用の前科はなかったから心配していなかったこともある。
明日はナベルビン5コース2回目の点滴を入れる。
話はコロッと変わって、食べるのは年に1度かせいぜい2度の「珍味・ドリアン」の紹介です。
3日ほどベランダに吊るしておいた、追熟して表皮が褐色に変わったきたので開腹することにした。
外観(長径25cm位か)ーーー開腹中ーーー果肉(中心にうす茶色の扁平な種子がある)という順序、開腹の画像では鬼皮が薄いのを見て欲しい、果肉がしっかり入っている、今回は果肉量も味も「アタリ」であった、現地にはいくつもの品種があるらしい。
食感は、バナナ、アボカド、クリーム・チーズから想像してほしい、味は上品な甘さ、かおりは果実の例の香りを引きずっているが、これだけ出されればわからないのではないか、いい匂い。
2008年5月18日日曜日
45thサファイア婚記念日
3年日記の5月18日は当然同じページにくるので、使い始めに3年分朱で注記してある。
これで忘れて追求されることは避けられる。平凡な感想だがよく続いた(≒付き合ってくれた)ものである。
三重から久しぶりに遊びにきた義妹が、お祝いにと日本橋Mデパート内の名店イタアリアンを馳走してくれた。
時分時の店内のレストランはほとんど一時間待ち、ランチは政策的にそこそこの価格に設定してあるせいもある。
パスタの量が60gとメニューに表記してある、これは判りやすい(食べてみての感想になるが、前期高齢者にとっては十分な量といえる)。30分待ちで着席、フキノトウのソースのパスタ、子羊のソテーともに納得の味、ドルチェも手抜きのない内容で満足して店を出た。
たまにはこんな食事もよいものだ、義妹に感謝。(食事中お行儀悪く撮影した画像は一緒に添付できない、後日機会があればご披露します、今日のトップの画像は本文内容ととくに関連はありません)
頚の痛みは酷くならないものの、鎮痛剤を間隔を空けながら連用中である。
(画像上は「男と女」グスタフ・ヴィーゲラン-ノルウエー作/札幌芸術の森・野外展示-3)
2008年5月15日木曜日
怪しい頚まわりーナベルビン点滴5コース初日
2008年5月11日日曜日
連休も番外編(北海道小旅行)も終わる
ブログ4月16日に突如出現したテーマ「9条世界会議」は、参加者通算3万人とか主催者も驚く大イベントとなりました。
知人もバスで来場して会場に入れずそのままバスで折り返したとか、私は予定どうり初日の合唱プログラムへ参加して、こんな大観衆を前に歌うことは生涯ないだろうという経験をしてきました。
合唱した「ねがい」は広島の中学生がつくりインタネットを通じて今や世界中に広がって30カ国36言語で1300番を超える歌詞が作られています。
戦争が一握りの「戦争屋」ともいうべきグループと結託した大国のエゴの産物であることは自明、大国日本が辛うじて憲法9条の力で「踏みはづせない」ことの意味を改めて確認しました。
(画像上は「トライアングル」グスタフ・ヴィーゲラン-ノルウエー作/札幌芸術の森・野外展示 =バックの新緑のために是非画面をクリックして見て下さい)
2008年5月2日金曜日
「ウイルヒョー(胸管と静脈の合流点)ってなんだ 」
以下は3月13日付、本文をコピーしたものです。
今日(5月2日)は、2月から始めた鍼治療を受けた、最初は左頚部リンパ節肥大部に疼痛がでて、その軽減が狙いであった。
丁度ナベルビンの効果も出始めて肥大は軽減したが消滅というわけにはゆかない、その理由は下記ウイルヒョー転移にある。
鍼はそれなりに効果があるようで受けて良かったと思っているが、このウイルヒョー転移を消すことはありえないと鍼灸師とも話し合った。
私の肺腺がん君は、「原発(左肺上部)---ウイルヒョー転移---縦隔転移---両肺へ播種」という経路内に留まり、他の部位にはいまのところ転移していない、心配な脳も「汚染」されていない。
「左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流する部位(左静脈角)に連絡している」というポイントの作用が脳転移を招いていないといえるのか。
もともとこのリンパ節肥大の触覚での認知が肺腺がんとの出会いであったことを考えると、この部位は重要な地位を占めている。
10年近い年月を経て成長した原発腫瘍はこのリンパ節肥大を知覚しなかったらもっと進行していたともいえる。私だけの「触覚マーカー」だ。このリンパ節は私の肺腺がんのシンボル的な存在なのだ。
悪性腫瘍のリンパ節転移{「ウイルヒョー転移」をGOOGLE検索から引用、原典まで辿り着けず}
ウイルヒョー転移Wirchow metastasis:全身(ただし右肺は除く)のリンパ液を静脈に還流させる胸管は、左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流 する部位(左静脈角)に連絡しているという解剖学的構造より、悪性腫瘍(右肺は除く)のリンパ節転移は、最終的には左鎖骨上窩リンパ節転移を起こす。 難しいテーマで3月に書き始めたのですが進められず放置してありました、今の鍼治療との関連があるので再挑戦しました。
今日(5月2日)は、2月から始めた鍼治療を受けた、最初は左頚部リンパ節肥大部に疼痛がでて、その軽減が狙いであった。
丁度ナベルビンの効果も出始めて肥大は軽減したが消滅というわけにはゆかない、その理由は下記ウイルヒョー転移にある。
鍼はそれなりに効果があるようで受けて良かったと思っているが、このウイルヒョー転移を消すことはありえないと鍼灸師とも話し合った。
私の肺腺がん君は、「原発(左肺上部)---ウイルヒョー転移---縦隔転移---両肺へ播種」という経路内に留まり、他の部位にはいまのところ転移していない、心配な脳も「汚染」されていない。
「左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流する部位(左静脈角)に連絡している」というポイントの作用が脳転移を招いていないといえるのか。
もともとこのリンパ節肥大の触覚での認知が肺腺がんとの出会いであったことを考えると、この部位は重要な地位を占めている。
10年近い年月を経て成長した原発腫瘍はこのリンパ節肥大を知覚しなかったらもっと進行していたともいえる。私だけの「触覚マーカー」だ。このリンパ節は私の肺腺がんのシンボル的な存在なのだ。
悪性腫瘍のリンパ節転移{「ウイルヒョー転移」をGOOGLE検索から引用、原典まで辿り着けず}
ウイルヒョー転移Wirchow metastasis:全身(ただし右肺は除く)のリンパ液を静脈に還流させる胸管は、左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流 する部位(左静脈角)に連絡しているという解剖学的構造より、悪性腫瘍(右肺は除く)のリンパ節転移は、最終的には左鎖骨上窩リンパ節転移を起こす。 難しいテーマで3月に書き始めたのですが進められず放置してありました、今の鍼治療との関連があるので再挑戦しました。
登録:
投稿 (Atom)